元論文:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212429224021564
概要①
β-ニコチンアミドモノヌクレオチド(β-NMN)は、さまざまな細胞代謝経路に間接的に影響を与える生理活性ヌクレオチドであり、食品、医薬品、化粧品産業において大きな可能性を秘めています。本研究では、β-NMNを効率的に合成するための多酵素カスケードバイオ触媒を開発しました。
まず、最適なリボキナーゼ遺伝子を選定し、低エンドトキシンレベルの大腸菌株に組み込むことで、D-リボースからNMNを生成するバイオ触媒を構築しました。3つのカスケード酵素(RK/PRS/NAMPT)の遺伝子発現を調整した結果、NMNの生成量は3.14 g/Lに向上しました。次に、NAMの取り込みとNMNの排出に関与する膜輸送体の機能が検証されました。さらにATP再生システムを導入することで、NMNの生産量は8.74 g/Lに飛躍的に向上しました。関連代謝経路の系統的改変によってNMNとNAMの分解も抑制されました。
最終的に、NAMPT酵素を2コピー、ピロリン酸加水分解酵素を1コピーゲノムに導入することで、NMNの生成量は12.2 g/L、モル変換率は98.7%に達しました。本研究は、工業的なNMN生産において効率的かつ経済的なアプローチを提供します。
はじめに
NMNはビタミンB群の主要な代謝誘導体であり、すべての生物種に存在する活性ヌクレオチドです。その中でもβ異性体のみが生理活性を示します。NAD⁺の前駆体であるβ-NMNは、細胞内NAD⁺濃度を増加させる鍵成分と考えられており、免疫細胞機能の調節、加齢性疾患(糖尿病、肥満、神経変性疾患、心脳虚血など)の治療、酸化ストレスから肝臓を保護するなど、重要な生理機能を有しています。
NMNの生合成経路は、自然界ではナイアシン酸またはナイアシンアミドから始まる2つの経路(新規合成経路とサルベージ経路)に大別されます。サルベージ経路では、NAMとPRPPを原料にNAMPT酵素によってNMNが合成されますが、この経路の代謝効率をいかに高めるかが工業的生産における鍵です。
材料と方法
2.1 使用菌株、プラスミド、培地材料
低エンドトキシンのE. coli B0株をシャーシとして使用し、pYB1sおよびpRB1aプラスミドで遺伝子導入を実施。ZYM培地にて培養を行い、必要に応じて抗生物質(スペクチノマイシン、アンピシリン)を添加しました。
2.2 遺伝子操作と菌株構築
遺伝子の合成およびクローニングにはGibson AssemblyとCRISPR-Cas9システムを用い、複数の酵素遺伝子(NAMPT、PRSL135I、RK、PPK、輸送体など)を導入・ノックアウトしてB01〜B25株を構築しました。
2.3 NMNのバイオ変換
収穫した大腸菌をPBSで懸濁し、リボース、NAM、ATP等を含む反応液で37℃にてNMNを合成。変換液はHPLCで分析しました。
2.4 分析方法
HPLCを用いてNMN、NAM、NR、NA、D-リボース濃度を測定。細胞密度はOD600で測定されました。
結果と考察
3.1 リボースからのNMN合成経路の構築
最適化された酵素(VpNAMPT、BaPRSL135I、SaRK)を利用して、効率的なPRPPおよびNMN合成経路をE. coliに構築し、最大で3.14 g/LのNMNを達成。
3.2 輸送体の検証
BmPnuC(NMN排出)およびBcNiaP(NAM取り込み)輸送体の導入により、輸送効率と生産性が向上。最良株で3.90 g/LのNMNを達成。
3.3 ATP再生システムの構築
PPK2酵素によるATP再生経路を導入することで、外部ATP添加を削減しながらNMN生成量は8.74 g/Lに増加。
3.4 分解経路の遮断
NMNおよびNAMの分解を引き起こす酵素群(ushA, pncC, nadR, pncA)をノックアウトすることで、NMNの蓄積を可能にし、生産性をさらに向上(10.0 g/L)。
3.5 NAMPT発現とPPi加水分解の強化
NAMPT遺伝子コピー数の増加および無機ピロリン酸加水分解酵素の導入により、最終的に12.2 g/LのNMN生成および98.7%のモル変換率を達成。
結論
本研究は、低エンドトキシン大腸菌を用いてプラスミド構築、ゲノム統合、ATP再生系の導入、NMN分解経路の遮断、NAMPT発現調整を通じて、高効率のNMNバイオ触媒を構築しました。その結果、12.2 g/LのNMNを12時間で生産し、1.02 g/L/hの生産速度、98.7%のモル変換率を実現。これは、工業規模でのNMN生産において非常に有望な手法であると示されました。