元論文:https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/__icsFiles/afieldfile/2022/05/06/release_20220501_1.pdf
概要
東京大学医学部附属病院 糖尿病・代謝内科の五十嵐正樹助教、中川佳子医師、三浦雅臣医師、山内敏正教授の研究グループは、健常な高齢男性を被験者として、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+、注 3)の前駆体であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を経口摂取した場合に、筋力低下を始めとした老化現象に与える影響についての無作為化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験(注 4)を行いました。健常な高齢男性に 1 日あたり 250 mg の NMN を 12 週間経口摂取すると、NAD+および関連代謝物の血中濃度が上昇し、歩行速度、握力などの運動機能が改善することを明らかにしました。
さらに、NMN の経口摂取により、聴力の改善傾向がみられることも分かりました。日本が直面している超高齢化社会ではサルコペニアの予防が大きな課題とされています。今回の研究結果から、NMN の経口摂取によるサルコペニアの予防効果が期待され、今後、健康寿命の延伸へ寄与するものと考えられます。
本研究成果は、日本時間 5 月 1 日に英国科学誌「NPJ Aging」のオンライン版(※)に掲載されました。本研究は、三菱商事ライフサイエンス株式会社の受託研究として実施されました。
研究背景
老化や糖尿病、心血管疾患、がん、アルツハイマー病などの加齢に伴う疾患の発症には、NAD+の組織内濃度の低下が密接に関連しています。これまでに、NAD+の前駆体であるNMN を摂取することで加齢に伴う NAD+の低下を回復し、老化に関連する疾患の予防が可能となることが多くの動物実験で示されています。
しかし、ヒトにおいては NMN の摂取と加齢への影響はよく知られていないのが現状です。そこで、本研究グループは、高齢者がNMN を摂取した場合の安全性と有効性を明らかにするために、プラセボ対照無作為化二重盲検並行群間試験を計画しました。
本研究では、65 歳以上の健常高齢者男性 42 人を NMN 摂取群(250mg/日)とプラセボ(注 5)摂取群にランダムに割り付け、NMN あるいはプラセボの摂取を最長 12 週間行いました。本臨床試験は、東京大学医学部倫理委員会の承認を得て 2019 年に東京大学医学部附属病院の Phase 1 ユニットにて施行しました。
まず、6 週間(NMN 群 n=21、プラセボ群 n=21)あるいは 12 週間(NMN 群 n=10、プラセボ群 n=10)摂取した後、一般血算(赤血球、白血球、血小板などの数)、生化学検査項目の変化、全血における NAD+の変化、筋力の変化(30 秒間椅子立ち上がりテスト、歩行速度、握力)、生体インピーダンス法(注 6)による体組成の変化、CT による脂肪肝、内臓脂肪量の変化、聴力変化などについて評価を行いました。その結果、最長 12 週間の NMN 経口摂取では、血液検査の結果を含めて明らかな有害事象は認められませんでした。NMN を経口摂取した群は、プラセボを経口摂取した群と比較して、NAD+および NMN などの NAD+前駆体の血中濃度が効果的に上昇しました(図 1)。
次に、NMN の経口摂取が健康な高齢男性の骨格筋量に及ぼす影響を調べるため、主要評価項目として骨格筋量指数(注 7)と部位別筋肉量を測定し、NMN 群とプラセボ群の開始前、6 週目、12 週目の平均値を混合効果モデル(注 8)および mixed-effect model for repeatedmeasures(MMRM、注 9)という統計解析手法を用いて評価しました。その結果、いずれの解析においても、骨格筋量変化に有意な差は認められませんでした。
一方、運動機能を調べるために、歩行速度、30 秒椅子立ち上がりテスト、握力を評価し、同じ統計手法を用いて分析しました。その結果、混合効果モデルまたは MMRM により、NMN 摂取後に歩行速度および左握力テストの有意な改善が認められました。これらの結果から、継続して NMN を経口摂取した場合、骨格筋量には影響を与えないものの、健康な高齢男性の運動機能を向上させることが分かりました。
また、歩行速度については、6 週間後と12 週間後の各群の平均値の間に有意な差が認められました。さらに、6 週間後の 30 秒椅子立ち上がりテストにおいても、プラセボ群と NMN 群の間に有意差が認められました。本臨床試験で評価したその他の評価項目については、NMN 摂取群で有意な変化を認めるような項目はありませんでしたが、右聴力においては、統計的に有意ではないものの、改善する傾向が認められました。
社会的意義・今後の予定
本研究では、健康な高齢男性が 1 日あたり 250 mg の NMN を 12 週間摂取した場合、継続して安全に摂取することが可能であること、血液中の NAD+および NAD+関連代謝物が有意に増加することを確認しました。その結果、NMN が筋力とパフォーマンスを改善することが明らかとなりました。したがって、NMN を継続的に経口摂取することは、サルコペニアのような加齢に伴う筋力低下の予防において大変有効な手段であると考えられます。今後、ますますの超高齢化社会を迎えるにあたり、高齢者を対象とした NMN 内服による抗加齢効果が、健康寿命の延長・社会全体の生産性の向上に寄与することが期待されます。